訓練のあと、流れで湯射街へ向かうことになった、媒人、十六夜、六花、七瀬。 十六夜の裸の付き合い作戦は成功するのか……???
海上都市燈京の北部にある、湯射街。遠方にある温泉地を再現したここには、実際の温泉を引いてきた数々の湯屋が集まり、さらに射的屋や雑貨屋などの、ちょっとした店も軒を連ねている。毎日通う労働者や、休日に立ち寄る家族連れなど、客層は様々だ。 訓練の息抜きに湯射街を訪れた、媒人、十六夜、六花、七瀬の四人は、前方に媒人と十六夜、後方に六花と七瀬、と二列になって歩いていた。
「訓練も一緒だったのに、湯射街まで一緒に来ることになるなんて……」 「でも、十六夜さんと媒人さんをふたりきりにするのは、どうかと思って」 「だったら、鍛炭さんだけついてくればよかったじゃないですか」 「それは、ちょっと……」
若い――と言うのもはばかられる、幼い――ふたりの会話が聞こえて、媒人は十六夜の横顔をちらりと覗き見た。十六夜はなんともいえない表情で空を見上げている。
「うーん、おじさんなんにも聞こえないなー……?」
苦労しますね、と媒人が苦笑すると、十六夜は仕草だけで泣き真似をする。後ろからの冷たい視線は、なるべく感じないことにして歩き、彼らは目的の湯屋へ到着した。 ここは熱い湯からぬるい湯まで、様々な湯舟がそろっているのが特徴の湯屋だ。その代わり引いている温泉はひとつだが、十六夜のように、複数の泉種を入り比べるくらいの熱心な客は、そもそもぬるい湯をそこまで必要としない。よって、ここは気軽に湯に浸かりたい客層へ人気があった。 十六夜も一応、そういう意味では若人へ配慮をしているようだが、と媒人は脱衣所で服を脱ぎながら考える。あまり伝わっていないのもたしかだ。残念なことに。
「七瀬ちゃん!? そっちは水風呂だよ!? あと体洗って!」
浴室に入るなり、端の水風呂に直行しようとした七瀬を、十六夜が全力で止める。七瀬はむすっと立ち止まり、洗い場の方へ向かった。 そこそこ混んでいる洗い場の、三つ並んだ椅子のあっちとそっちに、七瀬と六花が座って、十六夜もさすがにその真ん中に入る勇気はないらしい。七瀬たちと通路をはさんで反対側の椅子に座ったので、媒人はその隣にお邪魔した。
「なあ」
垢すりで体をこすりながら、十六夜は媒人に話しかけてくる。媒人が目を瞬くと、十六夜はしょげたように肩を落とした。
「七瀬ちゃんと六花ちゃんに、どう接したらいいと思う? おじさん、もうよくわかんなくてさあ」
新参者の自分に、訊くようなことではないと思いますが、と媒人は返す。十六夜は銃で撃ち抜かれた、という仕草で胸を押さえてのけぞった。
「ある意味正論!」
頑張ってください、と媒人が励ますと、十六夜は困り果てた顔で、うん……と頷いたのだった。
一方の七瀬と六花は、早々に体を洗い終えて、一番ぬるい湯舟に浸かっていた。が、十六夜と媒人が洗い場から熱い湯舟に移動する頃にはもう、七瀬が我慢ならないといった様子で立ち上がる。
「七瀬くん?」 「……あっちに行きます」 「水風呂……」
声をかけた六花に一応それだけ言って、七瀬はさっさと水風呂へ入りに行ってしまう。あれって、逆に冷たすぎて居心地悪くないのかな……と六花は考えたが、まあ七瀬があっちのほうがいいというならいいのだろう。 六花は改めて、浴室内を見回す。繁盛しているのはいいことだろうが、人が多くて、六花にはこっちのほうが居心地が悪い。
「おれはもう上がろうかな……」
十六夜の裸の付き合い作戦は、失敗に終わったようであった。