壊れた世界を、歩く。
今ボクがいるここは神々の黄昏以前から建物のなかった地域で、だからがれきを避けて歩く必要はない。代わりに、燃えくすぶったような黒い色をさらして立ち枯れた木々が、視界のほとんどを占めていた。
「んじゃー、とっとと仕事やっちゃいましょうか。1班は樹木のサンプリング、2班は土壌のサンプリング、3班は大気のサンプリング、4班は何か珍しそうなものがないか探してください。よろしくお願いしまーす」
はい、と歯切れのいい返事をして、白衣の部下たちが散らばっていく。それを眺めて、ボクは意味もなく笑みを浮かべていた。
壊れた世界で、ボクは独裁政権の鍵となる科学力、その研究者のトップに立っていた。地位や権威なんてそんなものには興味がないけれど、自分の指示に従う人間が大勢いるというのは、なかなか面白いものだ。
それに、これまでの自然法則すらも覆してしまったあの神々の黄昏の後の世界、そこでこうやって新しい生態系や法則を見出していく作業もまた興味深く、ボクの好奇心をくすぐった。
(そういえば子供の頃、他の星に行きたいって思ったことがあったっけ)
他の星なら、この地球では叶わない願いも、叶うのではないか。そう思っていた時期があったことを思い出す。
今から考えれば甘い夢だ。宇宙だって、地球と同じように確率と法則に支配されていることに変わりはないのだから。
でもここは、壊れた世界だ。完成しなかったはずの理論が実用化可能になったほどに、歪んだ世界。きっとこの世界なら、そして彼なら、ボクの望みを叶えてくれる。
「ルーク。3班サンプリング完了しました」
「1班完了しました」
「2班も完了いたしました」
「はいはーい。お疲れ様ですー。あとは4班だけですかー」
一仕事終えた部下たちが談笑を始めるのを横目に、4班の向かった方向に目をやる。と、何かをささげ持つようにして部下が帰ってくるのが見えた。
「……4班、猫の死体を発見しました」
一様に沈黙が落ちる。植物のほとんどが枯れ果てたこの世界で、野生の生物が生き残るのは難しい。分かっていても、いまだ生物の死はそれほどに重い意味を持っていた。
「んー、死因はなんでしょうかね?」
「外傷が見えますので、他の生物に襲われて逃げ出し、そのまま衰弱死したと考えるのが妥当かと思われます」
ふと、可愛がっていた猫が死んだと泣いていた妹がフラッシュバックした。そしてなぜか、地下で眠るお姫様の顔も。