【HOMO(最高被占軌道)】

――電子に占有されている最もエネルギーの高い軌道。化学反応において重要な役割を果たす。

『レイン……君の力を貸してほしいんだ』

電話で彼の声を聞いた瞬間、ボクは計画の成功を確信した。

「今日も研究熱心ですねえ、鷹斗君」

扉を開けて一番に目に入ったのは、専用の広いデスクで論文の山を猛スピードで読み進める鷹斗君の姿だった。声をかけると彼は顔を上げて微笑む。

「ああレイン、おはよう。そういう君だってこんなに早く来ているじゃないか。まだスタッフの3分の1も来ていないよ」

「当然ですよ。『神童』からの直々のご指名には全力で答えなくちゃいけませんからね」

正確には、少し違う。ボクの計画の結果であり始まりである【今の彼】を一秒でも長く見ていたい、それが本音だった。

「ふふ、ありがとう。じゃあ早速だけど、この間見せた論文について君の見解を聞かせてほしいな」

「はいはいー」

傲慢にも受け取れる礼の言葉。ボクはしかしそれを好ましいものとして受け取り、彼の望みに従う。

「やっぱり君もそこに矛盾を感じたんだね」

「そうですねー。ちょっと強引さが否めない記述です。文面のニュアンスも自信の無さが滲んでますし、この部分は参考にならなさそうです」

「そうだね。そうなると利用できる理論としては第3段落までってことになる。……それくらいのことは俺だってすぐに思いつくんだ……」

失望から静かな怒りへ彼の声音が変化する。研究者達はこれを恐ろしいと噂するが、彼らは分かっていないのだ。

――怒りほど強いエネルギーをもつ感情は、他にない。怒りは彼を研究へと駆り立てる原動力になるという重要な役割を果たしているのだ。

「鷹斗君を満足させられる論文がそう簡単に見つかるわけがありませんよ。焦らずにいきましょー」

「……そうだね。ありがとうレイン」

「いえいえー」