「どうしたの?」

撫子に声をかけられて、レインは思考に沈んでいた意識を慌てて引き上げた。気付いていなかったのが不思議なくらい近くで顔を覗き込まれている。心臓に悪い。

「あー、えっと、なにがですかー?」

「思い悩んでいるように見えたから。何かあったのかと思ったの」

「あぁ」

レインは小さく笑う。全然大したことないはずのことなのに、想定外に深刻な顔をしてしまっていたらしい。レインは撫子から離れるように窓際から離れて椅子に座った。

「いえ、大したことないんですけどねー。むかし、妹が絵本を手作りしてくれたことがありまして。そのタイトルはなんだったかなー、と」

「思い出せなくて、悲しいのね」

「……大げさですねー」

「でも間違っていないでしょう?」

向かいに座った撫子の言葉にレインは額をおさえる。そう、間違っていないのだ、これが。

「そう、ですねー。ボクは彼女のたったひとりのお兄ちゃんですから、彼女の作ったものを忘れているというのは、悲しいことです」

「なら一緒に思い出しましょう」

撫子が身を乗り出す。レインは瞬間呆けた。

「……はい?」

「あらすじとか、どんな絵とか、覚えていないの? そこから推理できるかもしれないじゃない」

「それは、そうですけどー……」

「やりましょう。私も気になってきたわ」

「まあ、いい暇つぶしになりますかねー」

レインは苦笑して目を輝かせている撫子に頷いた。どうせ思い出せないだろう。忘却というのはそういうものだ。でも、それでもやってみようとすることじたいはいいかもしれないという気がした。