舎密防衛本部、神楽武術堂。体術の訓練を中心に行う施設の中には、今日は大勢の混の志献官が集まっていた。かなりの人口密度になっている観戦席が見下ろすすり鉢の底にあたる訓練場には、四人の純の志献官が立っている。
「ほーい、じゃあそろそろ始めますかね」
のんびりと開始を告げた着流しに外套を羽織っただけの志献官が|清硫《せいりゅう》|十六夜《いざよい》。身の丈ほどもある大きな戦闘筆を抱えた|鍛炭《かすみ》|六花《りっか》がむっと神経質に眉を寄せた。
「ちゃんとやってくれるんですよね」 「やるやる。おじさんこう見えて言われた仕事はきちんとやるほうよ?」 「報告書は書いてくれないがな……」
苦笑した色黒で長身の志献官は司令代理も兼務している|鐵《くろがね》|仁武《じん》。口元を大きく覆うマスクのせいで表情を読めない|塩水流《しおづる》|一那《いちな》が肩をすくめた。
「イザヨイは簡単なことほど面倒くさがる」 「そんなことないから! はい、説明するから聞いて!」
誰も十六夜の味方にならないのはいつものことである。
「今日の純位訓練は近接戦特化の鐵仁武|純壱位《じゅんいちい》、塩水流一那純壱位、鍛炭六花|純参位《じゅんさんみ》の三名で行う手合わせだ。三人の乱戦で、最後まで立っていた者の勝利とする。ただし、これはあくまで訓練だから勝つことよりもどういう戦法をとるかが肝心だ。おっけー?」 「最後で台無しです」 「まあ……説明に不備はないな」 「…………」 「……うん。位置につこっか……」
緊張感の高まる堂内で、混の志献官たちはざわめく。 純壱位の四人は忙しいのかあまり訓練に出てこない。それが三人も出てきた――十六夜は審判だが、それにしたって珍しい――というのだから混の志献官たちの関心も集まるものだ。さらに混から純へ大抜擢のあった六花までいるとあれば、観戦しないほうがありえないだろう。 仁武が日本刀を生成し、六花が戦闘筆を、一那が扇を構える。十六夜が片手を挙げると、水を打ったようにその場が静まり返った。
◆
はじめ、という十六夜の宣言とほぼ同時に地を蹴ったのは一那だった。ふたりまとめてひと薙ぎにしてしまおうという気概を感じて、六花は仁武から距離をとる。一那の舌打ちが聞こえたすぐあとに仁武が扇を刀で受け止めた派手な金属音が響いた。 六花は即座に場の流れを読むことが得意ではない。一旦冷静にふたりの動きを見て――。
「甘いぞ、六花」
一那を弾き飛ばした勢いのまま、仁武の刀が六花に迫ってくる。
「ハッ!」
六花はぎゅっと戦闘筆を握り、大きく振りぬいた。漆黒の壁が出現するが、硬度を調節せずに作ったグラファイトの防壁にはすぐヒビが入る。しかし六花は動じずにもう一度戦闘筆を構えた。
「今だ……!」
壁が崩壊して仁武とその後ろから迫る一那の顔が見えたか見えないかの瞬間、六花は戦闘筆を大きく振って煙幕を発生させて横に跳んだ。 煙幕の中で仁武と一那が打ち合っている音が聞こえる。六花は戦闘筆を振り上げて駆け出した。
「ヤァ!」 「っ!」
一那の背に振り下ろした一撃はすんでのところで防がれる。無理な体勢で六花の攻撃を受けた一那とじりじり力比べをしていると、気流に乗って散っていく煙幕の外から風を切る音がした。
「いい作戦だが、邪魔が入ることも考えておけ」